縄文文化は国家が存在していなかった時代の文化、等価交換(お金)の概念がない時代の文化。狩猟の文化であり、現在の神社神道ではない、プリミティブな神道が存在していた文化。その縄文文化に触れるため、長野県諏訪地方に行ってきました。諏訪大社をはじめとするこの地方は縄文文化がいまだに垣間見える聖地。実は前年にも茅野市には行ったので、今回2度目の訪問です。はじめに諏訪大社上社本宮へ行ったあと、茅野市美術館で展示されている藤森建築の見学に行きました。建築史家の藤森照信さんはこの地方生まれの方で、神長官守矢資料館や高過庵といった茅野市の建築を設計されています。前年はこの2つの建築を見学するための諏訪訪問でした。今回訪れた藤森建築は「空飛ぶ泥舟」です。3月末まで見学可能だということです。それ以降は神長官守矢資料館のあたりに移築されるそうです。
空飛ぶ泥舟は茶室建築ではありますが、狩猟時代の原始建築のようであり、未来のノアの箱船のようでもありました。過去と未来や、生と死のような二極が同時に存在している。縄文の考え方が根底にある諏訪だからこその建築であったように思えました。
このあと、茅野の町をぶらりと散策。湧きでた清水がせせらぐ水路や、古くからの蔵が現存している町をみながら、散在している神社を巡りました。道中、子孫生誕の儀式をしていた神社や、水路沿いの民家で地元の方と出会い、いろいろな諏訪のお話が聴けました。たくさん寄り道しながら向かったのは、「葛井神社」。「遠州のある池まで繋がっている」や「龍神の住処」と考えられている池がご神体とされている神社です。境内には屋根のかかった大樹があり、死にかかった大樹の上から接木して若い樹が伸びるその姿はまさに「死を内包している生」を語っているかのようでした。このあと茅野市民館(こちらは日本建築学会賞)内にある図書室で諏訪地方の言い伝えや童話を読みあさり、この地の文化に触れました。「葛井の池」や「八ヶ岳と富士山」など地元の童話は非常に興味深く、こういった信仰は人を豊かにし、文化となると思えました。




